1.08.2013

あけましておめでとうございます

 新年あけましておめでとうございます。今年も草野絵美をよろしくお願いします。母になりパワーアップしていきたいと思います!


文章が書けない日が何ヶ月か続いてました。去年のことや一昨年のこと、ブログで振り返ると書き綴ることの大切さを思い知らされます。

2013年は、去年はどんなことがあったとか、振り返る間もなくあけました。何しろ人生がが変わりすぎました。11月23日から。

   2012年 11月 23日。私の息子、率(りつ)くんが、2414gでこの世に誕生しました。
  率という名前は、先駆者精神豊富で、統率力のある男の子に育って欲しいという願いをこめました。願いをこめた通り、先立って、一ヶ月以上も早くお腹からでてきちゃいましたが、何も問題もなく健康に生まれてくれました。

友人のサンフランシスコ在住の書家
山口碧生さんが書いてくれた命名書


  当初の予定日は12月29日だったのですが、先週、腹痛で念のため病院にいってみたら切迫早産の恐れがあると言われその晩から急遽緊急入院することに。赤ちゃんの出口である痙攣長という部分が、通常で4cmあるものが、私のは1.7cmほどしかないと言われすごく動揺しました。つまり赤ちゃんの出口までの距離がどんどん縮まり今にも生まれてきそうだったそうです。

  帝王切開をする予定である、12月12日まで我慢しましょうということで、指をくわえてベッドの上で超絶安静生活をしてました。高校時代はユタ州の田舎でモルモン教の家庭にホームステイしていたので、何にもしない安息日も過ごしなれていた私ですが、入院生活はまた別物でした。

  体は元気なのに安静にしていなければならないというだけで憂いでいて、夜な夜な眠れない時はiPadでデスパレートな妻たちをみたり、こっそり友だちが差し入れてくれたお菓子を夜食べて看護士さんに注意されたりしていました。

 しかし、私の元気さとは裏腹に、率はどんどんお腹を押し出してきて、点滴の量は日々増してき、安静の度合いもどんどん上がってきて最後には寝たきりでした。その度に副作用が辛く、肝臓もどんどん弱り、赤ちゃんにまだでてきちゃだめよといい気かせる毎日でした。

 その後旦那が義祖父の葬儀に出席するために帰省している最中に破水し、その晩には、恵比寿構成中央病院から、新生児集中治療室のある愛育病院へ急遽搬送されました。 そして旦那が、新幹線で朝帰京したその夕方に、未熟児ではあるけれど十分発育には問題ない時期とのことで、緊急手術をしました。

 本当に本当に今まで体験したことないくらい、体力と気力を使った49分間でした。旦那の立ち会いの元、まず脊椎麻酔という大きな注射を背中にさされて、気が動転して多少ハイになっている状態で(お医者さん曰く笑いがとまらない状態だったそう。)、お腹をを切ってから赤ちゃんが出てくるまでは本当にあっという間でした。その後、横で赤ちゃんをすりすりする間もなく、旦那と赤ちゃんは別の部屋に移り、私は30分間で傷口を縫い合わせると言われました。そこから記憶が飛んで、小人のひそひそ声と、目の回るようなドライブとサイケデリックな音楽で目が覚めました。

 そんな訳で、大切な存在が誕生し、麻酔が切れた後の壮絶な痛みに悶え、そこから回復し、未熟児だった率も12月末に退院しました。無事健康にすくすく育ってます。早くみなさまにお会いできる日を楽しみにしています。

率の成長はFacebookのページで公開しています。是非チェックしてください!
http://www.facebook.com/ritsukubonaga

絵美



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